人生に大切なことはすべて絵本から教わった レポート 第2回「『いのち』をめぐって ― 宮沢賢治を手がかりに」
2011年7月30日(土) ヒルサイドプラザ

生命誌を提唱されている科学者・中村桂子さんをゲストに迎え、〈「いのち」をめぐって―宮沢賢治を手がかりに〉と題したセミナーが、7月30日、ヒルサイドプラザで行われました。
昨年5月、末盛さんが岩手に移住された後の今年3月11日の東日本大震災。震災前の企画が今まさに時宣を得、「いのち」について、さらには、これからどう生きていくのか、どのような社会をつくっていくのかという問題について、多くの示唆的なことばが交わされる会となりました。

NHK番組「こだわり人物伝」の中で、中村桂子さんが宮沢賢治の「いちょうの実」について話されているのを観、今回の対談を希望されたという末盛さん。宮沢賢治に関しては熱心な読者ではないという告白から幕を開けたセミナーでしたが、宮沢賢治を生んだ東北という場所に住み、毎日の生活を送られる中で、隣人としてのきつねやきつつきに出会い、「セロ弾きのゴーシュ」の物語を彷彿とさせるような場面に出くわされているという数々のエピソード、また、自然と関わりを持って生きている農家の人の言葉や姿勢に、たくさんの賢治(哲学者)を見、感じているというお話などをしてくださいました。
3月11日という日を経験し、効率ということばかりが目指される今の現代社会ではない「いのち」をベースにした社会の重要性を、今、改めて感じていらっしゃるという中村桂子さんは、時に作品の本文を読み、紹介しながら、自然とやりとりする際の宮沢賢治の特別な感性について語ってくださいました。
『風の又三郎』然り『注文の多い料理店』然り、どこからか風が吹いてきて物語が始まる。そこには原子力が危険だから、その代わりのエネルギーとして、風、風力を利用するのではない、風そのものを感じた上でのほんとうの風が描かれていると中村さんはおっしゃいます。

「このお話ではまったく誰がかしこくて誰がかしこくないかわかりません」といった象徴的なことば、そして、知恵が足りない主人公・虎十をそのままに受け入れる家族の姿も中村さんが好きなところのひとつだという『虎十公園林』。末盛さんからは、障害をもった子どもと生きる豊かさが語られました。西洋化した価値観と、土着的な価値観との相克を描いたとも読み取れる『土神ときつね』。そのどちらもが賢治であったのではないか、と中村さんは語ります。『フランドン農学校の豚』では、現代の医療現場で行われているインフォームド・コンセントの概念を先取りし、かつ、それを鋭く批判するような賢治の視点があることなどを指摘。賢治作品の魅力とその不思議、凄みについてことばを重ねてくださいました。
グローバル化という言葉のみが先行する昨今、ローカルということをつき詰め、それだからこそ、世界中の人びとに愛され続けている宮沢賢治。中村さんは、芭蕉や万葉集のうたなどにも触れながら、自然との関わりが深い日本文化の特性について触れるとともに、その特性を宮沢賢治作品が多く持っているということ、それは古くから東北に根をはり、今も私たちの文化を支えてくれていると、美しい言葉で語ってくれました。多くの示唆とメッセージをいただいた1時間半でした。