パス・ザ・バトン バトンを渡すということ 2 RELAY ESSAY 012

- 遠山 正道
- PROFILE
Date : 2013 / 04 / 12
先般、クラブヒルサイドのセミナーで「おいしい教室」というお弁当のワークショップを行った。当初、クラブヒルサイドさんから料理のワークショップを依頼され、固辞した。というか料理を教えるような技術も経験も何もなく、土台無理なわけで。
しかし、お弁当ならあるかも、と思った。
お弁当は誰もが素人で、教えるというより横に並んだフラットな関係のなかで互いに楽しめるのではと思ったのだ。
全七回行われた「おいしい教室」は、そんなほのかな期待を大きく上回る結果となった。最後には文藝春秋さんから「見せたくなるお弁当100」として出版にも至る。
毎回ゲストと私と生徒さん約三十名でテーマに沿ったお弁当を作ってくる。
ゲストは野村友里、キギ、皆川明、松嶋啓介、小山薫堂、辻義一、佐藤卓の個性的な豪華メンバー陣。先ずはゲストとのトーク、全員のお弁当の講評、そして皆でそれを食べる、という内容で、三時間があっという間の非常に楽しく刺激的な会であった。
ヒルサイドテラスアネックスA棟で長年展示会を行っている人気のファッションデザイナー皆川明さんは、テーマを「HOUSE」とし、家族に見立てたマトリョーシカを事前に職人さんに漆で塗ってもらい、それをお弁当箱に見立ててきた。
ヒルサイドテラスF棟に事務所を構えるアートディレクターのキギの二人は卵の殻を器にしたが、殻の切断がうまくいかず、辿り着くこと「㈱日本切断研究所」なる組織に切断を依頼。同社も殻を横にスライスしたのは初めて、という逸話もの。このお弁当の完成度に一同感動し、以来お弁当に対する緊張感が大幅に上昇するというタフな事態を引き起こした。
ニース在住の星付きシェフ松嶋啓介のテーマは「フランス人に食べさせたいお弁当」。生徒が作る主に和の繊細で上品な手技と大胆なアイディアに松嶋さんが感動。「これで日本は大丈夫だ!」目を潤ませて叫ぶほどのもの。
小山薫堂「サプライズ」は、まさに幾重にも仕組まれた驚きと拘りのミルフィーユ攻め。
そして、松嶋さんが感動したように、生徒さんたちのお弁当のレベルがすこぶる高い。辻さんも眼鏡をとって睨むように見入っている。生徒さんだって残業もあれば家庭の事情もある時間の無いなかで、しかしプライドをもって高度なものをひねり出してくる。後で聞くと、皆当日の前に、事前練習をするほどであったとか。
一人ひとりが蓋を開けるたびに、一同思わず「オーッ!」と声を上げる。
毎回、ゲストも私も、最も印象的、テーマに合ったなど三つの優れたお弁当を選ぶのだが、選んでいて気が付いた。
いつも私は「美味しそう」なお弁当を選んでいたのだ。どんなに美しく繊細でも「美味しそう」という琴線を響かせてくれないと選ばれない。
そして思う。「美味しそう」っていう価値観は、当たり前の日常だけど、実は食べ物にしか存在しない。美しさや驚きなどは他にもある。「美味しそう」はファッションにも音楽にも哲学にも恋愛にもない。そしてその先に存在する「美味しい」という事件。その価値に、改めて向き合って見つめ、感謝し、幸福を得ること。
「美味しそう」「美味しい」ということを意識できるか否かで、人生の振幅は大きく変わるというものだろう。
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半年の教室が一通り終わって、本が出版され、眺めながらふと思った。
お弁当って、手紙に似ているなと。
手紙は誰にでも書ける。一生懸命書いて、器に差し入れて、蓋を閉じて、相手に渡す。
相手が蓋を開ける。相手がその人の顔を思い浮かべながら、噛みしめる。
人が、自分の考えを、自分で作って、あの人に渡す。
人が、誰かが作った、誰かの考えを、あの人にもらう。
この半年にわたったワークショップは、そんな簡単な、だけど大切なことを、改めて思い起こさせてくれた。